• 09 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • » 11
★多謝!我愛梁朝偉★
トニーレオンに関すること、トニーのお陰で観るようになった色んな映画のことなどを気ままに綴ります。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
CATEGORY : 日本映画
「陸に上った軍艦」を観に行きました
DATE : 2007-08-22-Wed  Trackback 0  Comment 0
327941_01_08_03.jpg

監督: 山本保博 原作: 新藤兼人 脚本: 新藤兼人

(解説)
巨匠・新藤兼人監督の戦争体験を、新藤監督自身の証言と脚本で描き出した異色の反戦ドキュメンタリー・ドラマ。新藤監督が自ら語るドキュメンタリー部分と、その実体験を詳細に再現したドラマ部分の2つから構成。1944年春、松竹大船脚本部のシナリオライターだった32歳の新藤兼人のもとに召集令状が届く。そしてそのまま、広島県の呉海兵団に二等水平として入隊した新藤兼人だったが…。

オフィシャル・サイト

懸賞で鑑賞券が当たったので、今月上旬青山で用事があったついでに渋谷まで観に行きました。本来ならTOKKOを観たい気分でしたが、時間も合わずせっかく渋谷に来ているのに機会を逃してしまった。この上映映画館初めて行ったのですが、なかなか辿り着かずひたすら歩いていたらホテル街にございました。
人でごった返している。私らが着いた時はほぼ満席で一番前の席で観るハメに・・

95歳の監督新藤兼人さん。ご本人の体験を元に作られた作品です。
あの当時ではほんとに中年て年齢で海軍2等兵になり、辛い体験をたくさんし、仲間のこととか、馬鹿げた話とか盛り込んで、こんなに笑った戦争映画って初めてでした。普通なら涙タラタラと泣く自分が笑っている・・
その時100人招集され、生き残ったのは新藤さん含むたったの6人です。私の記憶が正しければ・・60人は南方行きの輸送船が襲撃され戦死、30人も同じような死に方。4人は日本近海の駆逐艦に乗り連合軍に攻撃され戦死。残りの6人は毎日毎日年下の上官に殴られしごかれ、予科練の世話役みたいな仕事をしていたそうです。

途中途中新藤さん本人(浴衣姿でテーブルに座って話す)のコメントが入り、戦争の虚しさがよく伝わってきました。これは静かだけどかなり心に染みる反戦映画です。日本軍のバカげた様子もリアルにわかるし、どんな気持ちで毎日を過ごしていたのかもよくわかります。
入湯上陸の際の様子も・・実際ああだったんだろうな~って思いました。かわいそうだったのは新藤さんの仲間が家族と公園で面会しお弁当を食べているところに年下の上官が通り、その時挨拶をしなかったって理由で奥さんや子供の見ている目の前でメッタ打ちにされる場面。こんな屈辱ってありますか?戦局の悪化した戦争末期は、上官達もイラついていたんでしょう。部下虐めによって憂さ晴らししていた感じです。海軍特有の甲板磨きやバッター、罰の飛行機・・あんなことしていて勝てるの?予科練なんかだと注入棒が粉々になるまで殴られるって話も聞きました。

一番笑えたのは・・・靴を前後ろ逆に履いて前進する訓練をしているところでした(笑)その理由は、靴の跡が地面についた時に、敵は日本軍が逃げて行ったと思うからだそうです。ハァ!?って感じです。しかも靴を紐で足に縛ってるし。本当にそんなことやってたんですか?

戦争映画によくある激しい戦闘場面や、思いきり泣けるシーンはほとんどありません。違う方法で我々に訴える反戦映画でした。


スポンサーサイト
page top

コメント

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
TB*URL
Copyright © 2005 ★多謝!我愛梁朝偉★. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。